アートとの触れ合いを身近に!!

飯田・下伊那(長野県)での展覧会の模様やアートに触れた感想等を犬塚画廊から発信していきます。
非言葉のコミュニケーション…その感じ方は
人それぞれで、想像してみる事が大事だと思います。アートに触れて感性UP目指しませんか??
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具象絵画・抽象絵画の見方の報告
3月30日の日曜日におもしろ美術講座の「」=人間はなぜ抽象を描くようになったのか=が
飯田創造館の201号室で14時から行われた
講師は、長野県信濃美術館の学芸員の木内真由美さん  

参加者は約50人
前半はスライドを使って、"マティス"や印象派の"セザンヌ"の言葉や絵画などから抽象画の概念が出来た経緯を説明
質疑応答を交えて、後半からは地元の作家の作品を見ながら、具象的な絵画と半抽象的な絵画を見比べて何を感じるかの話が聞けた

〜絵を描いている人だけでなく一般の方の発言があった有意義な美術講座だった〜
スライド

前半は、スライドを使ってまずはマティスの作品から始まった
当時抽象画は前衛美術と言われており、虚像をいかにリアルに再現するかを絵の価値観におく見方が大半で
絵をそのままに受け止める。2次元の平面な物としては認識され難かった。
マティスの絵画を見ると、小さな点や細かい筆触が残っている作品がありそれらの方法は印象派から派生している。
小さな点で描いた新印象派としてスーラーの作品がある
マティスは内面を激しく表現しておりこうした手法をフォービズム(野獣派)と言われている
図
印象派の画家セザンヌは、「すべての絵画の構成は、円錐形、球形、円筒形を元に描かれる」と発言。
しかし、セザンヌの絵画はまだ抽象と言えるほど崩れていなかった。

上の論理を実行に移したのが、フランスの"ピカソ"と"ブラック"
幾何学的に対象を捉えるようになり、この時代の作品はキュービズムと言われている。

後に、最初の抽象画と言われる"カンディンスキー"のコンポジションが登場する
これは、音を絵画に取り組もうと、形のリズムを表現し見た印象でリズムを表現した。
抽象画と音楽は関連性の多いテーマ。
また同じ頃オランダの"ピートモンドリアン"の花咲くリンゴの木では、天地左右がはっきりとしない
タイトルを見ても一見判断できない作品となっている。
地域によって同時多発的に抽象画と言う仕法が試されて来た。

今では普通になっているコラージュも抽象的な捉え方に端を発している。
抽象的とは何か??
私は「絵は絵である」と言う認識をすることであると思う。
絵を虚構のリアルな3次元の世界として再現するのでなく、あくまで平面な世界として表現する

次に起こった動きとして
アメリカの"ポロック"は、アクションペインティングという仕法を取り入れた。
これは、絵具を飛び散らす描き方で、そのスケールの大きさや偶然から作品に体が吸い込まれるような迫力がある

最後に抽象画の魅力として、画面の絵具の形のおもしろさ、コラージュの物の面白さ等もある…と

後半の、地元作家の絵画を題材にした説明では今までの机上に近い論理でなく
実際の半抽象的な絵画や具象的な絵画だがその中にも創作的な部分があることの説明などがされた(司会の毛涯さんの話も含む)
実物

写真の右側の川上先生の作品は、確か一昨年の県展で県知事賞を受賞した作品。
タイトルは「創世記」
まずは、タイトルを伝えずに参加者に何が見えるかを聞いた。
割と具象的な要素がある絵で、女性の体(首から上はない)、右上に男性の顔、リンゴ、などが上がった
さらに学芸さんが右下に勢い良く絵具が弾けているのは精子を表しているのではないか??
構図がゴーギャンの同じタイトルの絵に似ていると独自の解釈を披露。

一方、左側の水彩の風景画の南島先生の作品は、横のラインに沿って色が分かれており
セザンヌの影響があるのではないか??
しかし、手前に1本高く木が描かれており、実際にここに1本だけ木が生えているとは考えられない。
先生に聞いた所、「私はよく植林する事がある」と答えていた。
ここの木が描かれている配置が、実はバランスの良いとされる黄金比の位置で
先生は知識として出なく、経験としてここに木を配置できるようになったのだろう
一見実際の風景を描いた具象画に見えるが、創造による表現がなされている。

身近な所では、南信美術展や県展と(現代の創造展)言う大きな公募展があるので
この講座を機会に是非観に着て欲しい。
そして、「この絵は観ても分からない!!」と切り捨てるのでなく
自分の感性で受け取って貰いたい。作家の方は、自分の作品を観ても貰えないのは非常に残念だと思う。…と

一般の参加者からの質問として
Q1、よく良い作品を見なさいと言われるが、何を持って良い作品とするのか?その基準とは??

A、明確な基準はない。よく公募展で賞がつくがその賞にしても審査員の趣向が影響している。
  また、現在は歴史的に有名になっている画家でも、生前はまったく評価されなかったと言う事は珍しくない事で
  今の評価は時代と共に変わっていく。
  何を持って良いとするかはとてもあいまいだが、数多くの絵を観る事によって絵のリズム感や調和と言ったものが
  分かるようになってくる。

Q2、この講座で抽象画には色々な要素が含まれていることが分かった。しかし、実際に美術展などに言って抽象画の前に立った時
  その絵をどう解釈すればいいのか??自分勝手でいいのか??

A、抽象画には明確な表現の意思がない場合もあるし、分かり辛く隠している場合もある。
  ある面画家が鑑賞者に対して「どうだ!分かるか!?」と喧嘩をしかけているような事もあり
  観るものの経験が問われる事もある。
  また観る者に自由に解釈出来る幅を持たせ、そこが人によってどう捉えるか楽しんでいる場合もあり
  それが、自分勝手と言えばそうなるかもしれないが…   
  (一部に自分の意見が入っているかもしれません…(^_^;))


最後に、美術展は学芸員の意図によって配置が決まる。
年代ごとに並べる場合もあれば、テーマに沿って比較できるように展示する場合もある。
そんな事を頭の片隅に置きながら美術館に訪れると、少し違った発見があるのではないか??
信濃美術館の移動展も毎年この南信地域で行われる。
Q抽象画が来るのか??
A分かり易い絵画をとの要望が多く、なかなか分かり難い作品を移動展に出品するのをためらってしまう。
 信濃美術館所蔵の抽象画が少ない事もあるが、是非そうした要望を挙げて抽象画を観れる機会を増やしていきたい!!

…と、抽象画と言う言葉で表現するのが難しいテーマだけに議論が尽きないまま時間によって幕を閉じた感じだった。


今回の続きは、この講座を受講した私の感想について


時系列の抽象画の誕生についてはなんとなく「すぐわかる抽象絵画の見かた」東京美術出版を読んでいたのでなんとなく理解できた。
「絵を観るのは難しい!!」と言う先入観に真っ向から対向したテーマで、質問者と真っ向から応えたのだろう。

付けだすなら
Q1、に対しては、自分が印象に残っている絵が良い作品ではないか??印象に残ると言う事は
作者と絵を通じてコミュニケーションが出来た事であり、貴方の琴線に触れる力のある作品なのである。

Q2、には抽象画には初めの印象と違って見えるという意外性もある。そこに観る者にとって新たな発見が出来た喜びもあり
絵がぐーんと近くに感じる要素となる。
言葉で表現や捉えること以上の次元で絵画があり、言葉に換言しないまま絵を観た自分の思いを認識する必要があるのでは??
抽象画とはある面、自分の内面と向かい合う傾向もあり、そこに普遍的な解釈が出来ない要因がある。

今回の講演会を聞いて、「絵は絵である」と言う考え方がなかった事を始めて知った。
そう考えてみると、割と具象は立体的な奥行きを重視して座標で言うとZ軸の世界をどう表現するかの、縮小した表現で
           抽象は一面に無限に広がっていく座標で言うとXY軸の世界が繰り出せる、拡大を想像させる表現と言えるのかも知れない

ちなみに、この平面的な世界は元々の日本画の得意とする技法であり
例えば、松の枝が絵の上部に途中で切れて描かれることによって、自然に全体の松の木を想像させるようなよく観る構図である。

我々日本人の持っていた感性が、浮世絵などから欧州に伝わり世界の美術界に革命的な変革をもたらせた!!
…たぶんその他にも様々な要素が加わったと思うが…
という訳で、美術センスの持ち供えた僕らの日本人なのだ!!
だから・・・分からないと思い込まずに美術館に行こう!!

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